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"Be Kind Rewind" - Movie FM:Private TO:Public

僕らのミライへの逆回転 (c) Newline Productions/Junkyard Productionsさまざまの昔のことが思い出(Rewind)され涙がでました。私は学生時代、友人たちと映画を撮っていました。本当にささいな映画でしたが、たくさんの人に見てもらって評価されたいと思いました。さりとて作っている最中は観客のことなんてこれっぽっちも考えていなかったかもしれません。カメラのファインダーにはたったひとり覗けるだけの穴しかあいていません。それを覗いていたのは私ではなくて友人のカメラマンでしたが、映画の撮影は彼と私とスタッフのごく私的な作業でした。カメラのレンズはひたすら私たちの私的な方向の事件を追いかけました。その私的な映画が一転、公の前にさらされて、大きな画面に映されて、大勢の人の喝采をあびるのが、「映画」に間違いないと考えていました。いや、嘘です、きっとそういうことだったんだろうな、といま思い返して、涙がでたのでした。

僕らのミライへの逆回転 (c) Newline Productions/Junkyard Productions僕らのミライへの逆回転 (c) Newline Productions/Junkyard Productions『Be Kind Rewind』は映画プロダクションの私的な側面を誇張します。ジェリー(ジャック・ブラック)、マイク(モス・デフ)、アルマ(メロニー・ディアス)たちは、レンタルビデオ屋の存続のため、『ゴーストバスターズ』や『ロボコップ』をはじめとする大作映画を自分たちだけの力でリメイクし始めます。それもSFXだった部分を中心に、(1)手作り(2)アナログ(3)主演ジャック・ブラック、の悲惨なチープさで。材料はダンボールと廃材。タイムリミットが迫っているから色すらまともに塗れません。カメラワークもできていず舞台裏が見切れています。ひたすら時間に追われるせいで、意味を問いただす間もありません。異常に精度が低いまま、とにかくハイテンションと笑いで乗り越え、リメイクは進んでいきます。

僕らのミライへの逆回転 (c) Newline Productions/Junkyard Productions精度が低いせいでSFX、クロマキー、カキワリ、そういう映画の構造がミエミエです。そうやってパクリ元の映画の構造をずたずたに解体し、代わりに残ったのは、ジャック・ブラックたち製作者の意思や、一生懸命に"工夫"して作っている姿です(実際に工夫の仕方にはとても興味深い映画制作のノウハウが詰まっています)。なぜ映画が存在するのか、それは――私的な意味で――カメラがRECにされたから、そして工夫してRECにし続けたから、ただそれだけなのです。

僕らのミライへの逆回転 (c) Newline Productions/Junkyard Productionsもちろん映画は観客のためのものです。だからクオリティを維持することは大切です。しかし映画が生まれる動機――カメラのRECボタンが押される理由――は限りなく私的です。それはカメラのファインダーがあまりに小さく、ひとり専用の覗き穴だからかもしれません。そして逆にスクリーンは大きくなければならない。私的な端緒で生まれたそれは、限りなく公に向かって差し向けられたいと望みます。そういう構造が映画作家を夢中にするし、観客を夢中にする、映画の魅力です。(DVD全盛の時代にこのことを語れる映画作家は稀有です。特に日本では。)

Be Kind Rewind - Soundtrack CDその後彼らは時間に追いかけられる場面を終え、同時にリメイクの中断を余儀なくされます。しかし再起し、今度は本当の意味で私的な動機が彼らを突き動かして、オリジナルの映画を生み出してしまいます。序盤のバカ映画ごり押しムードから一転、かなり核心に迫ってきますが、さらに感動的なシーンは、映画を撮り終えた彼らが他人の店に不法侵入してプロジェクターを盗みだすところです。ミシェル・ゴンドリー監督が仕組んだこのプロットが、あまりに純粋で正しい映画愛なので、私はつい頷きながらみました。私的な理由で小さなファインダーを覗いたら、今度は大きなスクリーンへプロジェクションするのが、映画を映画たらしめるファクターですから。それまでリメイクをレンタルビデオとして発表してきた彼らでしたが、オリジナル作品を作って、プロジェクションを志向したのは当然です。彼らはもう映画作家です。

プロジェクションは、ラストシーンで、観客を得てさらに幸せな結末を生みます。『ニューシネマパラダイス』をはじめとして『カイロの紫のバラ』、『蒲田行進曲』などなど、映画を愛した映画たちを思い出させて、『Be Kind Rewind』は幕を閉じます。


ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版 スペシャル・エディションカイロの紫のバラ蒲田行進曲久しぶりに記事を書きました。私はなぜだかいまバンコクにいて映画とはぜんぜん関係ない仕事をしています。タイは映画が盛んなのですが、たくさんあるシネコンでどこも同じ大作映画をやっています。ですから映画の選択肢はマス映画が数本だけという状況です。映画好きには住みにくい土地です。またコピーDVDがあふれてすぎていて(リメイクではなく、単なるデジタルコピーの海賊盤ですよ)、この国の映画はよくなる兆しがないな、と思っていました。ただ、この発展途上の異国の土地で『Be Kind Rewind』を見たとき救われたような気がしました。なんかセンチメンタルなのはそういう事情のためです。


日本では『僕らのミライへの逆回転』というタイトルで公開されるみたいです。必見です。公開までは監督自作自演のSweded(スウェーデン風の)予告編をどうぞ。


Be Kind Rewind - Sweded Trailer
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僕らのミライへの逆回転
[2008年 米 101分][原題]Be Kind Rewind[監督]ミシェル・ゴンドリー[製作総指揮]トビー・エメリッヒ/ガイ・ストーデル[脚本]ミシェル・ゴンドリー[撮影]エレン・クラス[音楽]ジャン=ミシェル・ベルナール[出演]ジャック・ブラック/モス・デフ/ダニー・グローヴァー/ミア・ファロー/メロニー・ディアス/シガーニー・ウィーヴァー/アージェイ・スミス

10月11日(土)より、シネマライズ、シャンテ シネ、新宿バルト9他にて全国ロードショー!
(c) Newline Productions/Junkyard Productions

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明後日朝顔プロジェクト21@金沢21世紀美術館

明後日朝顔プロジェクト218月、無数のアサガオが美術館を覆っていた。青、紫、ピンクが38度の暑い太陽に映えて、アクリル絵の具で塗ったような涼しい光線をはねかえしていた。蔦がカーテンのように円筒のガラスの壁を包み込んで、白いインテリアにまだらの影と緑色の木漏れ日を落としていた。建築が育っている、と感じられた。訪問5回目にしてそれが街に根付いて育っていることに驚嘆した。

オルブライト=ノックス美術館コレクションより パッション・コンプレックス展 ジム・ランビー「プラザ」2004年にオープンして間もない頃に訪れて以来、金沢21世紀美術館は私の心を離さなかった。美術館ならたいてい、未来人が発掘したらきっと権力者の墓場と間違えてしまうような、重厚で頑丈で永遠なる巨石を積んで出来ているものだ。しかし金沢21世紀美術館のボードの壁は、あまりに白く弱く、すぐに汚れて朽ち果ててしまうだろうと思っていた。それで心配になったのだろう。盆と正月には必ず金沢へ行って広坂へ足を運んだ。繰り返しそれがどうなっているか確かめに行った。壁は時には破壊的な芸術家の手に汚されたりもするが、白壁の大部分は常に新品のように白く、ガラスはいつも透明だ。展示は工夫されていて面白いから、老若男女、人がひきも切らず訪れている。いつでも掃除が行き届いていている。スタッフは年寄りも多いが、意欲満点で全然腐っていない。建築も展示も人も朽ち果てる気配がない。

明後日朝顔プロジェクト21このSANAAの建築は、金沢に息づいて新陳代謝するために、白く弱い素材でできているのだ。ホームページを見るとそれ以前の1998年頃から美術館が街で呼吸するための土壌作りがなされていたことがわかる。日比野克彦プロデュースの『明後日<あさって>朝顔プロジェクト21』でそれはまさに開花していた。2007年夏、暑い広坂で、私はやっと確信できた。携帯電話を出して夢中で写真を撮った。いつものカメラを忘れたことを後悔しながら、このまぶしいアサガオを忘れまいと目を細めて睨み付けた。

明後日朝顔プロジェクト21旅カフェ.com

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『ボルベール <帰郷>』 棺桶と車

Volver [Original Soundtrack]強い風で枯れ葉が舞っている。女たちが墓の掃除をしている。墓は石でできていて風に揺るがず、死体を内蔵するのを待っている。それは女たちが死んだときに入る墓だ。そしてそれは子宮だ。女はそこに我が子を内蔵して、母として、生まれた子供の秘密を握る。子供は母をよりどころにするほかない。母が知っている秘密とは自分が他でもない母の子である証拠だ。誰も自分のよりどころを自分で持っていない。父にもない。子を内蔵し、その秘密を自分だけのものとするのは、女の特権だ。だから女たちは自分の墓を掃除するのだ。母の墓こそが秘密の最後の入れ物となり、迷った子供が涙する場所になるだろうから。

バッド・エデュケーションライムンダ(ペネロペ・クルス)の母イレネ(カルメン・マウラ)は火事で死んだという。だからライムンダの秘密は蔵される場所を失っていた。彼女だけでなく『ボルベール<帰郷>』に登場する女たち――姉ソーレ(ロラ・ドゥエニャス)、隣人アグスティナ(ブランカ・ポルティージョ)――は母を失っていて、イレネは幽霊のようにその中心にいた。彼女はすべての女たちの秘密を握ったまま幽霊になってしまった。実体がなくなってしまっては墓(あるのかないのか定かでないが)も女たちのよりどころにならない。実はイレネは身を隠して生きていたのだが、女たちはそれを知らなかった。

トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディションライムンダが久しぶりにタンゴ『VOLVER(帰郷)』を歌い涙したのは、墓のない母イレネへのあてどもない墓参りのようだった。そして母もまた、車に身を隠しながらその歌を聞いていて、静かに涙した。母娘の秘密をめぐる思いが密かに通じる。その時車は、母を蔵し娘の秘密を宿す、棺桶だった。そこで母は泣きながら蘇りつつあったのだ。

オール・アバウト・マイ・マザーそれに先だって、母イレネはラ・マンチャでライムンダの姉ソーレを前にすでに蘇っていた。死んだはずのイレネの幽霊が出るという噂が聞こえているさなかだった。車のトランクからゾンビのように這い出て見せた。もはや幽霊ではない。一度死んだものが映画に蘇るには実体を持ったゾンビとしてでなければならなかった。そしてゾンビが登場するには墓や棺桶が必要だった。それには車やベッドが代用された。女たちの前へイレネは何度もゾンビ映画の文法を借りて蘇った。まるでパズルの欠けたピースを嵌めたように、女たちの中心へ、秘密を握る母としての役目を果たすためにイレネは蘇ったのだ。

ペドロ・アルモドバル DVD-BOX子宮と墓、棺桶と車、生と死、母と娘、女と男、マドリードとラ・マンチャ、ミステリーとコメディ……それらが際立ちながら重ね合わされた、完璧に近い構成の映画だ。むやみに関連させるべきでないかもしれないが、あえて、黒沢清と非常に近い、と思った。幽霊がゾンビになるからかもしれない。

ボルベール<帰郷> 公式ホームページ
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[2006スペイン/ギャガ・コミュニケーションズ][監督]ペドロ・アルモドバル[製作]エステル・ガルシア[製作総指揮]アグスティン・アルモドバル[脚本]ペドロ・アルモドバル[撮影]ホセ・ルイス・アルカイネ[編集]ホセ・サルセド[音楽]アルベルト・イグレシアス[出演]ペネロペ・クルス/カルメン・マウラ/ロラ・ドゥエニャス/ブランカ・ポルティージョ/ヨアンナ・コボ/チュス・ランプレアベ/アントニオ・デ・ラ・トレ
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